(1985年7月26日 朝日新聞より)
「悔しくて、悔しくて・・・・・・」。
敗戦と決まった瞬間、掛川西の三塁コーチ、榛葉選手は、顔をクシャクシャにしながらグラウンドを両のこぶしで何度も何度もたたいた。
相手校、静岡商は県内屈指の名門校。攻撃のたびにコーチに立ち、噴き出す汗を懸命にぬぐいながら、榛葉は声援を送る。豊かな表情と体全体を使った大振りのアクションが、選手たちの緊張を和らげる。だれもが認めるチーム一のムード作りだ。
榛葉が野球を始めたのは小学生のころから。だが、これまで正選手になったことはもちろん、ベンチ入りしたこともなかった。野球に対するひたむきさと、チームのムードを盛り上げる不思議な才能を監督に買われ、今年から三塁コーチとしてベンチ入りした。
「日本一の三塁コーチ」を自負する榛葉は、「三塁コーチは得点につながる重要なポイント」と誇りを持って話す。
掛川西はこの日、前半に4点をリードし、静岡商を完全に抑えていた。しかし、7回、静岡商・古谷の本塁打で立場は逆転。選手たちは焦り始めた。
「あのホームランで勝敗が分かれたのじゃありません。うちは再三のチャンスを生かせなかった。攻めの甘さが原因です」と、試合を振り返る。
グラウンドでは次の試合の練習が始まった。最後に残った榛葉は、自分の手のひらを見ながら泣いている。グラウンドをたたいた両手のこぶしの中に、土にまみれて「打倒静商」の四文字がまだはっきりと読み取れた。
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